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秋元春朝 [近代]

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お気に入り度 ★★★★               2007年7月1日撮影


所在地:群馬県館林市つつじが岡第二公園「旧秋元別邸」 前


偶然ですが、前回に引き続きふんどし姿の像となりました。

こちらは館林藩最後の藩主だった秋元家の13代、秋元春朝(あきもと・はるとも)当主のお姿です。

この像の前に旧秋元別邸という立派な建物があります。
普段は開放されていないようですが、ひなまつり、花菖蒲まつり、彼岸花まつりなどの期間中は一般公開されているそうです。

 


(以下説明板より)

秋元春朝投網の像

天文元年(1532)赤井照光により館林築城がなされ江戸時代には榊原氏・松平氏・徳川氏・太田氏・井上氏から秋元氏へと10家23代に及ぶ330余年間親藩、譜代の城下町として栄えたところです。
弘化2年(1845)山形より秋元氏が来封し礼朝(ひろとも)の時明治維新を迎えました。興朝(おさとも)春朝(はるとも)順朝(なおとも)へと続きますが、春朝は元来自然をこよなく愛した、粹人で村人からも親しまれたなかなかの好人物でした。この像は春朝が池に向かって投網し魚を獲るところで、建立は大正8年(1919)です。
毛利教武作

 

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阿部與十郎 [近代]

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お気に入り度 ★★               2007年6月24日撮影


所在地:山形県鶴岡市・湯野浜温泉「亀や」 前


“亀が見つけた温泉”湯野浜温泉にて撮影しました。

湯野浜温泉の老舗宿「亀や」の二代目阿部與十郎(あべ・よじゅうろう)氏です。

氏は、県議会議員や日本温泉協会会長を務め、湯野浜と善宝寺を直結する笹立新道(與十郎道)を開削するなど地域に大変貢献したそうです。

亀やでは與十郎の名を代々受け継いでいるようです。

雄大な日本海に面した湯野浜温泉は、夕日の美しい温泉です。
温泉街では観光朝市なども開かれておりました。
白砂(庄内砂丘)の海辺で、夏場には海水浴で賑わうのでしょうね。


 


(以下碑文より)

阿部與十郎翁ハ慶應元年十一月十九日、湯野濱ニ生ル初代與十郎ノ養子トナリ家名を継ク資性直情果敢苟モ信スレハ必ス行ヒ行ヘハ必ス徹ス壮年以来縣郡町會議員トシテハ勿論其他各種自治體ノ為ニ盡瘁シ功勞甚タ多シ然モ翁畢生ノ事業ハ温泉ノ改革ニ在リ即チ荘内三温泉ノ向上發展ヲ期センカ為メ舊習ヲ一掃シテ一意共存共榮ノ實を擧ゲンコトヲ図リ圖リ特ニ山海ノ風光ト共ニ無雙ヲ称セラルル湯野濱温泉ニシテ内湯ノ設備ナキヲ慨シ一切ヲ放擲シテ全力ヲ之力試掘ニ傾倒シ刻苦十年遂ニ之ニ成功ス今ヤ此地東北ノ名温泉トシテ全國羨望ノ的トナル一ニ翁カ不撓不屈ノ賜ナラスンハアラス噫翁ヤ實ニ湯野濱再建ノ第一恩人タリ茲ニ翁ノ銅像ヲ建立シテ以テ偉功ヲ千載ニ傳ヘント欲ス
昭和十年十二月

 

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萩原朔太郎 [近代]


お気に入り度               2007年3月4日撮影


所在地:群馬県前橋市千代田町「前橋文学館」前

口語自由詩を確立し、近代詩史に大きな足跡を残した詩人・萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう)。
朔太郎は水と緑と詩(うた)のまち・前橋に生まれました。

前橋市は「近代詩のふるさと」とも言われ、像の後ろに見える前橋文学館には、朔太郎の展示はもとより、前橋が輩出した詩人たちのコーナーもありました。

思わず横に並びたくなるこの像が見つめる先には、朔太郎が上京直後に出した詩集『純情小曲集』の「郷土望景詩」の中で“広瀬川白く流れたり・・・”と詠んだ広瀬川が流れています。
広瀬川の河畔には緑道が整備され、多くの詩碑を辿りながら散策することができます。


渋沢栄一(2) [近代]


お気に入り度               2007年1月14日撮影

所在地:埼玉県深谷市・深谷駅北口前

深谷が生んだ近代日本経済の父、渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)氏の座像です。
ハトと戯れていました。

正二位勲一等子爵澁澤栄一先生は、天保11(1840)年2月13日私たちのまち深谷市大字血洗島に生まれました。幼いときから読書を好み、家業を助け、少壮の頃は国事に奔走、慶應3年第15第将軍慶喜公の命令により渡欧して見聞を広め、帰国後明治新政府に出仕し、近代国家形成のための諸制度、諸事業を策定しました。明治6年富国の道を求めて野に下り、わが国最初の銀行を創立し、続いて製紙・紡績・製鋼・造船・鉄道・ガス・電気・窯業等先進諸国が有する諸事業のすべてを創立あるいは援助育成しました。一方、福祉・教育・医療等数多くの分野にそれぞれの機関を創設してその運営に挺身、その他労資協調・国際親善に心を砕き、昭和6年11月11日91年の生涯を閉じられました。
先生は常に道徳と経済の合一を説かれ、その思想を経営の基本とされました。先生を追慕する私たちは、朝夕その教えを守り、後世に余光の及ぶことを祈念してここにこの像を建立しました。

昭和63年3月吉日   青淵・澁澤栄一銅像建設協賛会
(碑文より)

1996年7月建立(田中昭作)

【関連銅像】 渋沢栄一(1)

 

buzzmapという地図貼り付け機能がついたので、リンクしてみました。
銅像巡りにどうぞお役立て下さい^^
(これまでの場所も追々貼り付ける予定です)


井上保三郎 [近代]


お気に入り度               2006年11月12日撮影


所在地:群馬県高崎市・慈眼院(高崎白衣大観音)境内

高崎のシンボル、高崎観音の建立に力を尽くした井上保三郎の像です。

高崎観音は、鉄筋コンクリート製で高さ41.8m、重さ5,985tの昭和11年に建てられた大観音像です。
標高190メートルの観音山にそびえ立つ観音様は遠くからでも確認できます。
実際に足もとに行ってみると、その大きさと美しさに驚かされました。

(以下碑文より)

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